ナルドの香油

誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。(エレミヤ9:24)

「しかし」

『しかし』

昔は、「衣食足りて礼節を知る」と言われていました。
食べる物や着るものがないために泥棒をしたり、犯罪を犯す人たちもいたのです。
ですから、衣食が足りるようになれば、人はまともな人間になるという意味です。
ところが、今は、衣食が足りていながら、事件や問題が起こっています。
今日、あなたもわたしも急速に家庭崩壊が進んでいる時代に生きています。
経済は豊かになって、食べるものにも事欠かない時代となってもです。
人間の問題は、衣食が十分足りても、無くならないということがハッキリしてきました。
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ミカ書7:6~7
むすこは父をいやしめ、娘はその母にそむき、嫁はそのしゅうとめにそむく。
人の敵はその家の者である。
しかし、わたしは主を仰ぎ見、わが救の神を待つ。わが神はわたしの願いを聞かれる。(口語訳)
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今から2800年前の預言者ミカの時代もその家の者が敵となるというようなことがあったようです。
同じ屋根の下で生まれた育った息子が父親に反発し卑しめ、娘がその母親に背き、嫁と姑もうまくいっていない状態です。
どんなにお金があっても、立派な家に住んでいても、敵と一緒に生活しなければならない、そんな家庭は大変です。
しかし、と続いています。
目に見える人間の悲惨な罪深い現実にも関わらず、しかし…です。
目に見えない神を信じている、しかし、悲しい現実の問題はなくならない、という人たちもいます。
目に見える人間の現実と、目に見えない神の霊的な現実のどちらに立つかが「しかし」の問題であり、信仰の問題です。
あなたはどちらの「しかし」に立とうとしていますか。

浜崎英一