イシュマエル(4)

【イシュマエルもイエス・キリストの型では?】

さて、この稿で今回のテーマの締め括りにしたいと思うが、先回はレビ記16章の二頭のやぎの記述が、一つは犠牲のために選ばれ、もう一つはアザゼル(追放または荒野の意)のため、汚れや罪咎を負わされて荒野へと追放される。実はこの罪のあがないの儀式は、今尚ユダヤ教の中で連綿として守られているという。アザゼルのやぎは荒野をさまよい、やがては疲労と渇きと飢えで死ぬ。それを見届ける伝令の報がシナゴーグに届くと「あなたの罪咎は赦された」という横断幕が掲げられるという。

僕の推論では、この二頭のやぎをアブラハムの二人の息子、イシュマエルとイサクに当てはめた。即ち犠牲のためにとっておかれるやぎはイサク

アザゼルのやぎはイシュマエルに符号すると考えた。

最初にこの聖書箇所を読んだ時に気が付かされた二つの物語の長さが等しいこと、真ん中にあるベエルシェバ(七つの井戸)の話を要に左右に並べられていること。そしてこの両方の記事の書き方に均等性がある。

これを分かりやすく表にしてみると以下のようになる。 

(イサク)創世記22:1-19

・神がイサクの名をつけられた。

・朝、早く、アブラハムはろばに鞍をつけ・・・

・イサクをほふろうとした時、神の声があった。

・角をやぶにひっかけた雄羊をみつけた。

・神のイサクの子孫への祝福の約束

・ベエルシェバに住み付いた

(イサクの年齢は15-16才くらい) 

創世記21:22-34 (ベエルシェバ)

アブラハムがアビメレクから七匹の子羊の代価で、ベエルシェバの井戸を買い戻す。(七つの井戸の意味) 

(イシュマエル)創世記21:9-21

・神がイシュマエルの名を与えられた。

・朝早く、アブラハムはパンと水の皮袋を取って・・・

・荒野で力尽きたとき、神の声があった・・・

・井戸を見つけた(ベエルシェバのあたりで)

・神のイシュマエルの子孫への祝福と約束

・パランの荒野に住み付いた

(イシュマエルの年齢は16才くらい) 

こうして表にしてみると、いかに二つの記事が同じように書かれているかが分かる。そして二人とも神が名前を付け、神がその行動を容認されている。そして両方ともに子孫への神の祝福が約束されている。そして一方はベェルシェバの泉でいのちを救われ、もう一方はベエルシェバに住み付く。このベエルシェバとは何か、両方の物語の最中に突然現れてくる事情であり、中心に置かれた物語。それはアブラハムが奪われた井戸を七匹の子羊の代価で買い戻す話である。聖書で7の数字は完全を表わす。完全な子羊、すなわちイエス・キリストによる買い戻し、「贖い」を意味するのではないだろうか。そしてその井戸はベエルシェバ(七つの井戸)と呼ばれる。つまり完全な井戸、ヨハネ4章のスカルの井戸でイエスが言われた

「しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(ヨハネ 4:14) 

 と言われたその井戸を意味するのではないだろうか。

このように解釈することができないだろうか。イシュマエルの物語も、人間のあらゆる不条理な罪を負わされて、十字架の上で一時的にも父なる神から捨てられたイエス・キリストを意味しているのではないだろうか。もちろんイサクの物語はイエス・キリストの贖いの子羊としての十字架を示していることは当然のことである。各々が神の贖いの方法を分担していることで、二人の息子は等しく、イエス・キリストを示している。そしてその中心にイエスが与える永遠のいのちの水が示されている。

イスラム教では昔からアブラハムがモリヤの山で神に捧げたのはイサクではなく、イシュマエルであったと主張している。ぼくもエルサレムに行ったが、エルサレムの神殿の岡、かつてモリヤの山だった所、そしてソロモンの神殿が建っていた所にイスラムのモスク、黄金ドームが建っている。その中には今でも下にモリヤの山の岩が敷かれている。イスラムの人々も神に選ばれたのは私達だと主張し続けている。そこから争いが生まれる。

今日も尚、イサクとイシュマエルの子孫たちは対立をくりかえしている。イスラエルパレスチナの土地をめぐっての紛争は解決の目処さえ見えない。双方にそれぞれの言い分がある。長い彼らの歴史を見ると、イサクの子孫であるユダヤ人はAD70年にローマ帝国により国を滅ぼされ、故国を追われディアスポラとして世界中に散らされた。これはイシュマエルの体験をなぞったことになる。そしてナチスによるホロコースト(全焼のいけにえ)ユダヤ人は「ショアー」と呼ぶ。正にイサクがモリヤの山に献げられたように600万人ものユダヤ人がガス室で焼かれた。その犠牲の上に今日のイスラエル建国がある。

イシュマエルの子孫たるパレスチナ人もまた1948年5月のイスラエル国独立により故国を追われたのである。そして二つの民族の対立は今も続いている。国連や諸大国もこの問題解決に手をつけかねている。

エスが十字架におかかりになる少し前に、数人のギリシャ人がイエスの所を訪れた。彼らはイエスに何を求めたのだろうか。パウロは「ギリシャ人は知恵を求める」と評した。ある訳に、この知恵を「知的な万能薬」と訳した聖書があった。つまりギリシャ人は問題解決、これは今日おパレスチナ問題の解決や、あらゆる人間が抱える問題解決を含む「問題解決の処方箋」を求めたと推理することが出来よう。

その問いかけに、イエスは「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一粒のままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」(ヨハネ12:24)と答えられた。これがイエスの示された解決であった。

イエス・キリストの十字架の贖いの死が二つの裂かれた傷を癒すのである。対立する両者を和解させるのである。

創世記25:9にアブラハムの死に際し、「彼の子ら、イサクとイシュマエルは、彼をマクペラのほら穴に葬った。」と記されている。父の葬儀を二人の息子たちが執り行っている姿から、兄弟のいさかいより和解の姿が見えて来る。

二人の息子は各々の痛みの経験を通して、父の死の悲しみを分け合うことで和解しているのである。聖書をよく読むと、その後この二人の兄弟の子孫は歴史の中で交差し、助け合っている記事が記されている。

ヨセフが兄弟たちのねたみから空井戸に投げ込まれた時、イシュマエル人のキャラバンが通りかかりヨセフをエジプトに連れて行った。とある。つまりイシュマエルの子孫により、イサクの子孫であるヨセフは命を助けられ、そのヨセフにより一族全部がエジプトで生き残るきっかけが作られた訳である。

そして、このイシュマエルにはもう一つ、今日の我々が直面している、自殺、いじめ、ひきこもりといった諸問題への切り口が一つある。数年前、僕は聖契キリスト教団の赤城山キャンプに参加した。そのときの講師は高名な精神科医の平山正実師であった。師が講演の中で聖書の人物を引用されるところで、「私にとって参考になる人物は立派な信仰の人、あるいは成功者よりも、聖書の中の失敗した人、敗けた人、弱さに悩む人物たちです。」と言われた。現実の問題に打ちひしがれ、ひきこもったり、精神を患ったりしている人々には、立派な信仰の聖人や英雄は役に立たず、むしろ失敗者や追放された人々への神の処方箋の方が助けになる。との言葉に僕は共感した。

お休み時間に平山先生に、僕のイシュマエルについての持論をお話したところ、まるで水を得た魚のように、お互いに肝胆合照らし、平山先生も僕の意見に呼応して下さり、その会話で時を忘れてしまい先生のお休み時間をすっかり奪ってしまた事があった。それで僕はこのイシュマエルに関する持論に大きな手応えを感じたのである。

平山先生は心の病に取り組んでおられ、それに関しての著書も数多く出版されておられる。少し前、新聞にも書かれた「自死」に関する先生の記事を読んで大いに共鳴させられた。僕も9歳の幼少期に母を病気で失くし、22才のとき、祖母を自死で失った。僕がイシュマエルのことに気付きが与えられたのも、この若い時に経験した、悲しみ、心の痛みの痛切さを身にしみて覚えたことが、あるいは下地になっているかもしれない。イシュマエルの名前の中にすでに神の答えがある。

「神はわたしたちの心の叫び、声なき声、痛みや悲しみを聞いてくださる」のである。

(完)                       臼井 勲