価値ある人生は御言を通してのイエスさまとの交わり

 

「人生を整理していくことにしよう」  JTJ講師 兼松 一二

 

最近、自分の年齢を他人から言われて、驚いています。歯医者に行って「歯ぐきがとても弱くなっていますね。71才ですから当然と言えば当然ですね」と言われ、私は「えっ、僕がもう71才になってるの?」と驚きました。驚いてばかりいる訳ではありません。人生のターミナルを迎えた者として、心得ていることを少し記します。 

先ず、自分の人生を振り返り「私はイエスさまと出会ったおかげで、良い人生でした」と言えます。16才ちょっと前にイエスさまの事を聞き、3ヵ月教会に通ってイエスさまを信じ、それ以来55年間、主の御言を聴き、応答するだけの単調な生活でしたが、御言を通してイエスさまを知り、交わり、これほど価値のある生活はないと思います。

私は被造物として老いていくにしても、私の信じるイエスさまは私の希望です。主はいつも私を悟し、勇気づけ、方向付けてくださって、やがて朽ちない世界で朽ちない体に変えて入れてくださる約束をいただいています。 

第二に、イエスさまはの信仰の軸になるのは何だろうかと考え、整理しています。私はキリスト信仰の基礎になるのは自分が信仰を持つようになった第一ヨハネ文書にあるのではないかと思い、原典で学び直しました。その後、人間にとって基礎になることは何だろうかと考えました。自分の日々の瞑想の中で「創世記に記されているのではないか」と感じさせられ、一昨年から創世記を調べています。そして自分が生かされている間、モーセ五書を私なりに調べようと思っています。 

第三に、私のしなければならないことは何だろうかと思い巡らしました。「私はイエスさまに出会って、良い人生を送れた」という喜びに、他の方々にも与ってもらい、魂の底からこの類の喜びを分かち合う信仰の真の友を持つために、証し伝道をしようと決めました。イエスさまと交わることを知らず、キリスト教の教えを説いていくことは、やがて自己顕示欲につながり、どこかが歪むでしょう。私にとって、御言を通して示されるイエスさまと交わることは、血の通った信仰を持ち、喜びと生命力につながると理解しています。特に、職業として伝道している方々に申し上げたいことは、キリスト教を説くのではなく、自分の知っているイエスさまを証ししてもらいたいと思います。

教会が衰退している現代の問題は、このことにあるのではないかと感じるようになりました。

あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。(ヨハネ5:39) 

 と言われたイエスさまの御言を心に銘じておきたいものです。