ナルドの香油

誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。(エレミヤ9:24)

ヨブの結末

ヨブ記 第1章 

:1  ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
:2  彼に男の子七人と女の子三人があり、
:3  その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。
:4  そのむすこたちは、めいめい自分の日に、自分の家でふるまいを設け、その三人の姉妹をも招いて一緒に食い飲みするのを常とした。
:5  そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。
:6  ある日、神の子たちが来て、主の前に立った。サタンも来てその中にいた。
:7  主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。
:8  主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。
:9  サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。
:10 あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。
:11 しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
:12 主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った。
:13 ある日ヨブのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいたとき、
:14 使者がヨブのもとに来て言った、「牛が耕し、ろばがそのかたわらで草を食っていると、
:15 シバびとが襲ってきて、これを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
:16 彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「神の火が天から下って、羊およびしもべたちを焼き滅ぼしました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
:17 彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「カルデヤびとが三組に分れて来て、らくだを襲ってこれを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
:18 彼がなお語っているうちに、またひとりが来て言った、「あなたのむすこ、娘たちが第一の兄の家で食事をし、酒を飲んでいると、
:19 荒野の方から大風が吹いてきて、家の四すみを撃ったので、あの若い人たちの上につぶれ落ちて、皆死にました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。
:20 このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、
:21 そして言った、
「わたしは裸で母の胎を出た。
また裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。
主のみ名はほむべきかな」。
:22 すべてこの事においてヨブは罪を犯さず、また神に向かって愚かなことを言わなかった。
 
この箇所を読んだ時、ヨブの子ども達の事をとても気の毒に思った。
サタンが「:11 しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」と言い、
それに対して主は「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」とヨブの身だけを守るように言ったからです。
子ども達は大風によって家が倒れた為に、みな死んでしまいました。
こんなにあっさり人が死んでしまっていいんでしょうか。
 
ヨブ記の最終章
42:10     ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブの繁栄をもとにかえし、そして主はヨブのすべての財産を二倍に増された。
42:11  そこで彼のすべての兄弟、すべての姉妹、および彼の旧知の者どもことごとく彼のもとに来て、彼と共にその家で飲み食いし、かつ主が彼にくだされたすべての災について彼をいたわり、慰め、おのおの銀一ケシタと金の輪一つを彼に贈った。
42:12  主はヨブの終りを初めよりも多く恵まれた。彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭をもった。
42:13  また彼は男の子七人、女の子三人をもった。
42:14  彼はその第一の娘をエミマと名づけ、第二をケジアと名づけ、第三をケレン・ハップクと名づけた。
42:15  全国のうちでヨブの娘たちほど美しい女はなかった。父はその兄弟たちと同様に嗣業を彼らにも与えた。
42:16 この後、ヨブは百四十年生きながらえて、その子とその孫と四代までを見た。
42:17 ヨブは年老い、日満ちて死んだ。 
 
「主はヨブの繁栄をもとにかえし、そして主はヨブのすべての財産を二倍に増された。 」という箇所を読んで、確かに家畜は2倍に増やされたら嬉しいかもしれない。
でも、私は小学3年生の時に兄を脳腫瘍で亡くしていますが、
死んだ兄の代わりに別の子どもを2倍に増やしてもらっても兄は戻ってこないのに・・・と思いました。
 
ところが、もう一度ヨブ記1章2節と3節を確認すると
 
(最初)
1:2  彼に男の子七人と女の子三人があり、
1:3  その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、

 (結末)

42:12   主はヨブの終りを初めよりも多く恵まれた。彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭をもった。
42:13   また彼は男の子七人、女の子三人をもった。
 
家畜の数は羊 7000頭→14000頭
らくだ    3000頭→  6000頭
牛      500くびき→1000くびき
雌ろば      500頭→ 1000頭
男の子      7人→7人
女の子      3人→3人   
 
何と家畜は2倍になっていますが、子どもの数は2倍になっていなかったのです。
 
なぜ子どもは2倍になっていないのか? 
1:5  そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。
ヨブは子ども達のために犠牲をやってよく祈っていたからです。
だから子ども達は天国に行っている。
子ども達は失われていない。
やがて天国で会えるから、それが計算に入っている。
天国の実在もここで分かる。
 
という事を聞いた時に、主は何と素晴らしいお方なのだろうと思いました。
 
以下の聖句の意味がより深く理解できるようになりました。  
見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。
あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。
また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。
実際は、ヨブが動物の犠牲を捧げていたから子ども達は贖われたのではなく
その後、この地上に来られた神の御子イエス・キリストが私たち全人類の罪の身代わりに十字架にかかって下さり、3日目によみがえられたからなのです。