境界線(バウンダリー)とは何か③

境界線の機能
 
境界線(バウンダリー)には二つの機能があります。
一つは自分がどういう人間であるかを明確に「定義」するという機能。
 
神はご自身を明確に定義しておられます。
神は公正を愛し、憐れみを愛し、義を愛します。
一方、神は罪、プライド、不公正などを憎みます。
神は愛し、憎むのです。
そして神は、私たち人間にも同じようであってほしいと願っておられます。
神が愛するものを愛し、神が憎むものを憎んでほしいのです。
 
好きなものについて語ることは簡単です。
私は寿司が好きです(笑)
しかし、嫌いなものについて語るのは、相手に申し訳ないと感じてしまい、難しいのです。
しかし、皆さんが自分の嫌いなものをはっきりさせなければ、他者から見て明確な人とはなり得ません。
しっかりと定義されているということは、あなたが何を愛し、何を憎んでいるかが明確であるということです。
 
今朝、それが私に起こりました。この会場に向かうために、通訳の佐知さんとオカモト博士と3人で歩いていました。とても寒かったのですが、佐知さんはコートを持っておらず、ブルブルと震えていました。
しかし私はコートを二つ持っていました。
そして私が、彼女に「コートが必要ですか?」と尋ねたら、「イエス!」と言って即座に持っていきました。
そして私が「あなたは私にそのコートを貸してくださいと尋ねるつもりはありましたか?」といじわるな質問をしました。
彼女は「たぶんね」と言いました。
 
私たちは自分に必要があっても、その必要を言ったら相手をわずらわせてしまうのではないかと思い、それを言わないでいることがよくあります。
神さまは、私たちが他者の必要に対してケアできると同時に、
自分の必要も明確にできる人間になってほしいのです。
そうでないとあなたは凍え死んでしまうかもしれません。
 
ダビデ詩篇101編で、自分が我慢しないことについて述べています。
3節「私の目の前に卑しいことを置きません」、
5節「影で自分の隣人をそしる者を、私は滅ぼします」、
7節「欺く者は、私の家の中には住みえず」
などですね。
彼は自分がどういう人間であるかを明確にしています。
 
境界線(バウンダリー)のもう一つの素晴らしい機能には「守り」があります。
 
どんなに親しい関係であっても、私たちには守りが必要です。
夫婦の間でも、教会の間でも、お互いに傷付け合うことがあるからです。
 
箴言4章23節には「力の限り見張って、あなたの心を見守れ」と書いてあります。
英訳聖書には「何よりもまず(Above all)」という言葉が書かれてあります。
まず、あなたの心を見守る必要があるのです。
 
時には、相手に対して
「あなたは私の感情を傷つけるので、私はあなたの間に距離を置かなければなりません。」と言わなければならないことがあります。
自分にとって良くないことが起こったとき、それに抵抗して立ち上がらなけれなならないことがあるのです。
 
アルコールや薬物の問題を持つ人、無責任で子どもっぽい人、非常に怒りっぽい人などが、あなたの感情を傷つけているかもしれません。
境界線を引くことで、そういう人との間に距離をとることができます。
 
これは私たちを愛の欠けた人間にするのではありません。
むしろ、愛と信仰と自由と変化のためであり、さらに愛のある人間へと導くことになるのです。(つづく)
 
                       ジョン・タウンゼント