新たにされた生涯(キリストの内住の啓示 救いの確信)

                                                   そうです わたしのうちに

           わたしのうちに 主は住まわれます
           主のうちのわたし わたしのうちの主!
           今も そして永遠までも
           わたしのからの魂を満たされる

                                                                                                                                                   H・ボナー

 
ハドソンテーラーは中国宣教において素晴らしい働きをしていましたが、
その内面は
 
「毎日、ほとんど毎時間、罪の自覚にわたしは押し付けられていました。
もしも、キリストの中にいることができさえするならば、すべてはよくなるだろうとわたしは知っていたのですが、それができませんでした。
たとえ一瞬間であっても主から目を離さないつもりで、祈りによって一日を始めようとはするのですが耐えきれないほどに苦しい仕事の圧迫や、仕事を中断されることによって、しばしばわたしは疲れ果てて主を忘れてしまうのです。
 
こうした状態の中では、神経が異常に高ぶって、いらだちやすくなり、かたくなな考え方をしたり、冷たいことばを押さえるのが困難になるような状態でした。
毎日、罪と失敗と力の欠乏が記録されるばかりでした。
願い求める気持ちはあるのに、どうすればよいのか、わたしには分からないありさまでした。」
 
そんな時に友人のマカーシーの手紙の一節がハドソンテーラーの目のかすみを取り除き、神の霊が、私たちはイエスと一体であるという真理を、今までにないほど明らかにしてくれたと綴っています。以下、マカーシーの手紙と妹に送った手紙の中のテーラーの言葉。
 
『しかし、信仰を強められるためには、どうしたらよいのでしょう。それは、信仰を求めて努力するのではなく、忠実なおかたに寄りかかることによるのです。』
 
それを読んだ時、わたしにはすべてがわかりました。
「たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。」
わたしは主を仰ぎ、「決してあなたを見捨てない」と言われる主を見たのです。
わたしが見上げた時、ああ、どんなにうれしかったことでしょう。
 
「ああ、安息がある」と考えました。
「主のうちにいこおうとむだな努力をした。もう努力はすまい。
主がともにいて下さると約束されたのではないか。
決してわたしを見捨てず、見放すこともないと。
愛する妹よ、確かに主は決して見放されません。」
 
これは、主が私に示して下さったことの全てでもなく、半ばでもありませんでした。
ぶどうの木と枝のことを考える時、祝福の聖霊はなんとすばらしい光を、わたしの魂に注ぎ込まれたことでしょう。
 
主から活力や満たしを取り出そうと願ったことが、どれほど大きな間違いであったかを、よく考えさせられました。
わたしは、イエスが決してわたしを見捨てられないということだけでなく、わたしが主のからだの一部分であり、主の肉の一部分であり、主の骨の一部分であることを知ったのです。(略)
 
愛する妹よ、よみがえり、昇天された救い主と、真実に一体であること、キリストの枝であることはすばらしいことです。(略)
キリストがこのように信仰によって私の内に住んでいて下さってから、どれほど幸福になったことでしょう。
書くよりは、直接お話しできればと思います。わたしは以前より楽になったというわけではありません。ある意味でそれは、願いもしなければ、またそうなるように努力もしません。
しかし、わたしはキリストとともに死に、葬られ、そうです、ともによみがえりました。そして今、キリストはわたしのうちに生き、「わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのです。
 
もう筆を置かなければなりません。神さまがこの祝福の真理をはっきりとあなたにつかませて下さるように。
神がご自身と私たちを一つのものにして下さり、ご自身のからだの枝として下さったのに、主が遠く離れているように考えたりしないようにしようということです。
また、この経験と、これらの真理とが、少数の者のためであるとみなすべきではありません。これはひとりひとりの神の子が持つ生まれながらの特権であり、主を汚すことなしにそれを無視することは、だれもできません。
 
「あなたはキリストにあることを、いつも意識しておられますか?」と、何年もあとにテーラーは聞かれた。
 
「昨晩、寝ている時にわたしは、ここおにいることを意識していませんでした。
しかし、それだからと言って、わたしがあなたのお宅にいなかったのでしょうか。
キリストのうちにいない、という意識は、決して持つべきではありません」と彼は答えた。
 
    『ハドソン・テーラーの生涯とその秘訣』  ハワード・テーラー著より